うまいこといえない。

うまいこといえないひとがつたないなりに何かを残し誰かに伝えたいブログ。

蕾の桜に夢を見て

願わくば桜の下に集えるように。

わたしはあなたの言葉が聞きたい

想いや考えはやはり言葉にしなければ伝わらない。

愛と情熱と、年齢とモチベーションのお話

馬にも人にも私自身にも、等しく時間は流れるのだった。

おとなのかんそうぶん『機動戦士Ⅴガンダム』

男と女が、人間と人間が解り合うことは難しい。

アップトゥデイト優勝! 縁と絆の結晶

喜びを分かち合う彼らは、確かに心が通じ合っていた。

いざ新潟へ。ファンは勝手に好いて追う。

好きにするから、勝手を押しつけない。

なんとなく、ツイッター

好きでやるんだから、理由づけなんて、なんとなくくらいでちょうどいい。

常識と世界の内と外のお話

大切なのは、お互いに見て聞いて知って感じて、想像を働かせること。

愛が執着になる前に

敬愛するひとが表舞台から一度降りてしまってから。私は『覚悟』という言葉をひたすらくり返してきた。くり返し言い聞かせてきた。周りにも、自分自身にも。好きなひとが闘っているのだから、闘って導き出した結果と結論ならば、何があってもどうなっても受…

私の最愛の馬、プロヴィナージュについて

2017年5月28日。最愛の馬の子どもが未勝利戦を勝ち上がった。産駒初勝利。初仔はついに勝ち上がれずターフを去っていただけに喜びと安堵はひとしおだった。彼の名はメンターモード。母馬は、私を最愛の騎手と出会わせてくれた“時の馬”にして最愛の彼女だった…

二度目の小倉。アップトゥデイトが見せた“顔”

彼の表情は“かわいく”見える時と“けわしく”見える時があり、この日は後者だった。

ドレスアップして競馬場へ。馬主席に招待していただきました。

一般人は意味もなく小さくなりながらドキドキしてしまいます。

熱が落ち着いたかもしれない時に思うのは

競馬のことをつぶやいてない自分は無価値なんでは。ふとそんなことを考えていた。このところよく考えていた。後ろ向きになってきてどうにもいけない。考えれば考えるほど今の自分に対して否定的になってきて、普通にしてても萎縮してしまいそう。とっても自…

自分なりの「馬が好き、競馬が好き」

馬とふれあう機会があった。すぐそばまで近寄ったとき、どう接するべきなのかわからなくて戸惑った。馬が服の袖を食んできた。すっかり体がこわばってしまって、私は何もできなかった。競馬ファンたるもの、本来ならもっと「なんてかわいいんだろう!」と感…

みんな誰かのいとしい馬

強さと愛らしさに惚れている。駅から競馬場へとつづく長いロードの両脇を飾るパネルのフレーズがふと目にとまった。ほかのひとにとっては数いる未勝利、条件馬のうちの一頭にすぎないが、自分にとっては思い入れの深い馬。競馬を続けていればそういう存在も…

好きと趣味と、年齢とモチベーションと

「せっかくの重賞ある日も、メインを見ずに帰ることが多くなってしまったなぁ。」もったいない気もしつつ早めに切りあげながら、いつからこんなふうになったんだっけとぼんやり考えていた。競馬場へ行く目当てが障害競走や応援している未勝利、条件馬中心に…

哲ちゃんと晶ちゃん先生のお話

ともに信念を分かちあった彼らのあいだに言葉はいらなかった。

心は記憶と感情の器

ひとは忘れることで生きていける。 ひとは思い出があるからこそ生きていける。

エスポくんと、ごっちゃんと、てっちゃんと

数々の数奇な縁をつなぎ合わせた先に未来と栄光があったのだ。

ツイッターにトリセツはないけれど

別にいいじゃないですか。ちょっとくらい失敗しても。

いつのときも勇敢な挑戦者。アップトゥデイト、二度目の中山グランドジャンプへ

アップトゥデイトは最善を尽くして絶対王者に、なにより自分自身の限界に挑んだのだから。

食わず嫌いの作法

物事を知るというのは自分の気持ちを紐解くこと、感情の正体をつきとめることでもある。

わたしは拡散しません

力も道具も使う人間の心持ち次第で善し悪しが決まる。

騎手が馬から降りるとき。春に残した未練の話

涙をのむこともまた競馬と向き合うことだと思い知らされた春だった。

お風呂と漫画喫茶とおしゃれカフェのいいとこどり銭湯があると聞いて!

こんなにダラダラ、、、のんびりと一日を過ごしたのはひさしぶり。

お化粧コンプレックスと仲直りしました

心なしか自己肯定もうまくできるようになった気がする。

春はまた来る。アップトゥデイト、三度目の阪神スプリングジャンプ

アップトゥデイトはまた勝てる。勝つための競馬ができる。

決戦前夜。アップトゥデイト、三度目の春へ

三度目のこの日も笑顔で迎えたい。

退き際の美学

幸せだったと彼はいう。彼を見守ってきたひとたちもきっと同じ気持ちだろう。

続・カメラを持って競馬場へ。 誰のために、何のために撮る

いなくなって永遠に会えなくなっても、愛したものたちと記憶の中でくらいは会いたいのだ。