うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

ジャンプレースに魅せられて

障害競走が好きだ。
ホームの阪神、京都で開催があるときは極力足を運ぶようにしている。
しかし先日のような落馬の相次ぐ危険なレースを目の当たりにしてしまうと、「また来週!」と気持ちを次に切り替えることを躊躇してしまう。
それでもきっとまた足を運ぶ。
いまもこれからも葛藤の繰り返しだ。
障害競走の存在を知ったきっかけは石山繁元騎手の存在だった。
競馬をはじめて少し経ったころ、自分と同じ誕生日の騎手を名鑑の中に見つけた。
その騎手はもう既に現役を退いていた。
ほどなく彼が鞭を置くに至った経緯と、夫人の著書にたどりつく。
落馬脳挫傷』。
筆舌に尽くしがたい現実がそこには記されていた。
観に行かなければと思った。
しかし長らくできずにいた。
ひとりの人間を瀕死に至らしめ、大きく人生を狂わせた障害競走が恐ろしかったのだ。
知らなければ、ひとりの騎手が命を懸けた世界をこの目でしかと見なければと、気負えば気負うほどに。
未知の世界に踏み入る勇気が出なかった。
だから忘れるとはなしに忘れ、それでも心のどこかで気にはかけながら、どちらともつかない月日をやり過ごしてきた。
 
その瞬間はあっさりとおとずれた。
たまたま発走時刻に本馬場に居合わせていたのだ。
阪神か京都の未勝利戦だったと記憶している。
ついに障害競走を観るときがきてしまった…
身体中の震えは止まらなかったが、背を向けて去ることを心が拒んだ。
競馬ファンとしての好奇心がまさったのだ。
そこから先は「知らなければ、見なければ」という独りよがりの使命感からではなかった。
今度は感動にうち震えた。
息を合わせて馬と人が跳ぶ姿に、これがジャンプレースかと、ひと目で魅了されてしまった。
 
試練もおとずれた。
思い入れを抱いた馬が目の前で競走を中止した。
はじめて障害競走で的中をもたらした健気な馬は、それから幾度目かのレースで飛越に失敗し首の骨を脱臼するという壮絶な最期を遂げた。
連闘で重賞を使ったからだとか、それなりに批判の声があがっていた。
…違う。
誰もこうなることを望んでレースを使ったりなんかしない。
一戦一戦を、こうなる覚悟をも含めてレースに臨んでいるに違いないのに。
普段は障害競走になど見向きもしないひとたちがなぜ、こんなときだけ、感情的に批判だけをして通りすぎていくのか。
馬も人もレースも生き物なのに…
うまく言葉にできずに、気持ちを昇華できずに、つらくて悲しくて悔しくて、暗澹たる想いが残り、シャロームは私にとって忘れられない馬となった。
その後も何頭もの馬を見送った。
日々開催されるレースを観るたびに彼らが去ったこと、割り切れない現実がいまだに頭の片隅によみがえってくる。
 
なぜ私は障害競走が好きなのか。
つらいこと悲しいことが起こるたびに、「こんな危険な障害競走なんて必要ない!」という声を聞くたびに、自問自答を繰り返す。
マイノリティの特権に酔っているのか。
冷遇される馬事文化の理解者を気取っているのか。
残酷なスリルを傍観して楽しんでいるのか。
…違う。
行き場をなくした馬と人の再出発の場であるから。
希薄になりがちな馬と人との絆を感じられるから。
障害競走は人生と似ているから。
理由ならいくらでも語れる。
確かにそれらも大切な理由ではある。
あるけれども。
跳ぶ人馬を目の当たりにしたとき初めて感じたあの興奮。
こんな世界が競馬にはあったのかという、胸を震わせてやまないあの驚きとときめき。
すごいと思った。
美しいと思った。
心をつき動かされるのに理由はいらない。
あの偽らざる感動こそがすべてだ。
私が人生に絶望していたとき競馬が夢を与えてくれたように、競馬に希望を見いだせずにいたとき、ジャンプレースが情熱を思い起こさせてくれた。
この心で感じたことがすべてだ。
 
私たち競馬ファンはきっと、普段は良心の呵責と憐憫の念を忘れながら競馬を観ている。
競馬を楽しんでいられる間は忘れていられるのだ。
競馬の中でつらいこと悲しいことが起こったときに、あるべき葛藤を思い出す。
自分の快楽のために彼らを犠牲にしているのではないのか、現実から目を背けているのではないのかと。
こうしていっとき葛藤をして、時間が経って、また競馬を観ることによって楽しむことを思い出す。
思い悩んだことは昇華されず、胸の奥底に秘められるものが大半だろう。
でも、それでもいいのだと思う。
競馬を楽しんでいる間に私たちが忘れていられることを、競馬に携わる敬愛すべきひとたちが一身に背負ってくれている。
そのことを各々が自分なりに理解したうえで、思い出したときに想えばいい。
いなくなった馬のことも、私たちは普段は忘れている。
つらいこと悲しいことが起こったり、ふとしたときに立ち止まって思い出す。
うしなったことがあらためて悲しくなる。
しかし彼らとは馬柱の中で会えるのだ。
忘れない、思い出す、想うことが何よりの供養なのではないだろうか。
 
馬と人が命を懸けているのは平地も障害も同じこと。
極端なはなし、運動や調教の時点からリスクを負っているのだから。
障害競走が危険だというのなら平地競走、いや競馬そのものが危険で非生産的なものだと言わなければならないと私は考える。
考えたところで答えなどきっと出ない。
私自身、馬と接したことも、馬と接するひとが身近にいるわけでもないのだから。
考え方だって人それぞれだ。
他者のそれを否定はしないし、自分のそれを肯定してとも思わない。
しかし競馬ファンとして、それぞれが考え感じることに意味と意義がきっとある。
障害競走が拙い私に競馬との向き合いかたを考えさせてくれた。
平地競走しか、重賞競走しか観ていなければ全く違っていたはずだ。
 
障害競走をとりまく状況は厳しい。
騎乗者確保のためレースを原則的にローカルで行う“第三場”ルールが敷かれてからというのもの、現地での観戦がより難しくなった。 
改善策ともいえるが、事実上の縮小ともいえる。
重賞レースでの傾向も従来とは変わってくるだろう。
障害競走で手綱をとる騎手たちは以前から運営者の理解と後押しを求めているし、ファンもまた恐らく同じ想いを抱きながらレースを観ている。
だからといって、ひとに押しつけはしない。
観てくれとも言わない。
ただ、いち競馬ファンとして「知っていて損はないよ!」とは思うし、できるかぎりの主張と表現はしていきたい。
競馬にはこんな世界もあるのだということを。
その世界から見える景色が平地とはまた違った美しさを持っていて、途方もなく素晴らしい躍動感に満ちあふれていることを。
私はジャンプレースを愛している。