うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

メイショウアラワシ、京都ジャンプステークスに挑戦

メイショウアラワシ号(以下アラワシ)を応援しに行ってきた。
オープン競走を勝ちあがったのち著しい成長力を見せ、少頭数の中山グランドジャンプにおいて3着入線。
一躍注目を浴びた彼が次に目指すべきものは、もちろん重賞初制覇。
負傷の主戦にかわり高田潤騎手と挑んだ小倉サマージャンプは惜しくも2着(マキオボーラーが強かった)。
引き続き高田騎手とのコンビ続行で臨んだオープン特別の清秋ジャンプステークスは斤量と重馬場がこたえて7着と凡走(ウインヤードが強かった)。
このあと暮れの大一番へ向けていったん仕切り直しかと思いきや、ずっと在厩で時計を出したり障害練習を積んだりしていた。
得意の京都で、主戦の森一馬騎手との再コンビで、ここで決めよう!ということか…
おそらくここがメイチ、目標は京都ジャンプステークス
比較的早い段階で陣営の意図が見え、私もまたここしかない!と強い期待を抱いた。
しかし、いつも強い馬が前を走っているアラワシの前にまたもや強敵が立ちはだかる。
下半期は中山大障害一本に絞ってくるはずだったニホンピロバロンである。
大本命の電撃参戦もあってか、本競走の特別登録馬はわずか6頭と異例の事態に。
ウインアーマー回避の可能性も示唆されていたらしいがレースはなんとか成立し、爽やかな秋晴れのなか精鋭たちが激突した。

タマモプラネット逃げる、ドリームセーリング負けじと追う。
大方の予想通り縦長の隊列となり、末脚にかけるニホンピロバロンはやはり後方から。
アラワシは…
まさかの最後方追走。
スタートがポンと出なかったとはいえ、これも作戦のうちなのか?
後半へ向けて内々で脚をためているのか?
とはいえ脚比べになったら明らかに不利なのに、バロンよりも後ろで大丈夫なのか?
さあ二週目に突入した。
アラワシまだ動かない。
いや、三角あたりからはかったようにじわじわと伸びてくるはず…
………あれ?
もしかして、動けない?

パドック気配は抜群だった。
栗毛の馬体がつやつやと輝くようで、落ち着きを見せながらも気合の乗った周回を見せており、素人目にもこれで勝ち負けできなきゃ仕方なしという出来だった。
斤量も背負わなくてよい。
そのうえ良馬場でやれる。
でも、なぜこんなにも手応えが、得意の飛越までもがあやしいのか…?

アラワシは後方侭で最下位の6着に終わった。 
練習で三段跳びがもうひとつだったらしいとか、あんなにも前に離されると切れる脚があるわけではないので苦しいとか、敗因らしい敗因を挙げることはできるのだが、バロンどころか他の4頭に対してすら何もできなかった…という事実に応援者は思いのほか打ちのめされてしまったのだった。
でも無事完走したんだよ!と応援馬の生還を喜びつつ、なんだか身体がこわばりその場から動けなくなって、ドリームセーリングの凱旋を讃えにいくことができなかった。
ドリームセーリング、平地時代にも馬券買ってたのに。
ニホンピロバロンには競馬に絶対はないこと、ウインアーマーには出走する全ての馬に勝つ権利とチャンスがあること、そして大金星をあげたドリームセーリングには何事も諦めてはならないことを教えられた淀のジャンプ重賞であった。

アラワシに教わったのは、さしずめ競馬ファンにとっての自由と責任についてだろうか。
勝手に期待して勝手に落ち込んで、競馬ファンっていうのはほんと勝手だなぁ、しかし自由なんだなぁと肩を落としながら考えていた。
競走馬を愛する自由、好きな対象を応援する自由、憧れの存在に夢を託す自由、予想して馬券を買う自由。
その自由に伴う責任ってなんだろうかと考えたとき、それはやっぱり喜んだり落ち込んだり訝しんだり悩んだりしながらも、戦うものたちの健闘を讃え、事実と結果を受け入れることなんだろうなぁとひとり頷いていた。
アラワシは大敗してしまった。
しかし3170mに及ぶ戦いを終えて無事に帰ってきた。
これと思われる敗因はいくつかあるが、負けてしまったことが事実で結果。
すべての障害をこなし競走を全うしたこともまた事実で結果。
敗戦を認めたうえでレース内容を残念に思うのも、無事の完走に安堵し巻き返しを願うのもまたファンにとっての自由なのだ。

そういえば、騎手をとても愛するのと競走馬をとても愛するのとでは、同じようでちょっと違うということもあらためて感じていた。
根本の感情は同じところにあるけれど、感ずる場所がほんの少し違うような。
馬はただ無心に走るだけだからだろうか。
馬を愛することには、馬の周りにいるひとを信じることも少なからず含まれるから、ひと一人を一心に見つめるのとは趣が変わってくるからかも知れない(私は彼を導く陣営も同様に信頼し応援している)。
競馬を愛するうえでそのどちらの想いも味わうことができるとは、我ながら競馬ファン冥利に尽きる。

思い通り、能力通り、予想通りにいかないからこそ惹かれる。
印の順、仕上げ通りには決してならないからこそ競馬は面白いし、誰もがレース結果に自分の見たい夢を想い描く。
9歳馬が単勝一倍台の大本命馬を打ち破ったことは大半の障害ファンを驚かせる結末ではあったが、その一方で確かに誰かの信念が結実し、夢が叶った瞬間だったのだ。
私もまたそのどちらとも違う夢を見ていたし、これからも何度も追い求め続けるだろう。

次走予定はさすがにまだ白紙だろうか。
障害が増え距離の伸びる大障害コースでは本来のしぶとさが活きそうだし、それを現地で見たい気持ちもあるが、今回の結果が結果なので無理はしないような気もする。
ずっと在厩で頑張ってきたことだし。
そんなメイショウアラワシ号と陣営の飛躍を願ってやまない。

 

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