うまいこといえない。

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おとなのかんそうぶん『機動戦士Ⅴガンダム』

結論から述べますと、とんでもなかったです。
Stand up to the Victoryなんてオープニングで明るく歌うもんだからてっきり元気な男の子がガンダムを駆って女の子を守る爽快なSFアニメとばかり思っていたのに…!(笑)
Amazonプライム無料体験の恩恵と、本作の特典期間が9月末までという期限が切られたなか駆け足で敢行したひとり観賞会。
先入観を持たず楽しむために視聴中はネタバレや他人の見解には目を通さなかったのだが、このⅤガンダム、とんでもなく凄惨で陰鬱なことで有名な物語だったのだ。

主人公の少年ウッソ・エヴィンはひょんなことからザンスカール帝国軍のモビルスーツを奪い乗りこなしてしまったことがきっかけで戦闘に巻き込まれ、反乱組織リガ・ミリティアと行動を共するうちにヴィクトリーガンダムパイロットとなる。
組織の大人たちは、優秀で“スペシャルな”ウッソを頼り、戦うことを強要する。
戦争は嫌ですと言えば他人事じゃないぞと脅し、良心の呵責に苦しんで敵をとり逃せば説教する。本当にとんでもない。
冒頭でウッソの幼馴染のシャクティが呆然と立ちつくしながら「この人たちみんなおかしいわ」と洩らしていたが、戦争で狂うというのはこういうことなのかもしれない。
異常が日常へと溶け込んでくる描写がぞっとするほどに生々しい。

葛藤しつつも戦いに明け暮れるウッソ少年にも、年頃の男の子らしく憧れの女性がいた。
彼がカテジナさんと呼び慕う相手は商家のお嬢様で、ウッソの一方通行な想いであったものの二人はペンフレンドの間柄だった。
彼女の家庭は裕福ではあったが家族仲は冷え切っており、母は不倫で家を留守がちに、父親は高慢で暴力的な男。
そんな事情を知ってか知らずか、ウッソは家の二階で物思いにふけるカテジナさんを見あげたり、せっせと盗み撮りをしては胸をときめかせていた。
カテジナはウッソをやや煩わしく感じてはいるものの、表だって咎めだてはせずに当たり障りなく接する良識的な少女だった。
目的のためならば手段をいとわず子どもをも戦場に立たせるリガ・ミリティアのやり方を真っ向から非難したのも彼女だ。
しかし戦争は、この潔癖な少女をも大きく歪めてしまう。

空襲で故郷を焼け出され、両親とも生き別れてしまったカテジナは、ゆきがかりで同行したリガ・ミリティアの理念にも賛同できずにひとり苛立っていたところをザンスカール軍の青年士官に拾われる。
誘拐という形ではあったが、天涯孤独となった彼女にとってまさに運命の出会い。
他人と共にあっても満たされず常に孤独を感じていたカテジナが初めてめぐり会った優しい年上の男、それがクロノクル中尉だった。
この出会いが彼女の世界を変えてゆくのに、若い二人が親密な関係になるのに時間はかからなかった。
クロノクルは軍人でありながら人のいい生真面目な男で、捕虜として連れ帰ったカテジナに対しても常に紳士的な態度で接した。
女王の弟という難しい立場ゆえに周囲からは半ば疎まれてもいたが、持ち前の聡明さとモビルスーツパイロットとしての優秀さとで死線を潜り抜けてゆく。
いつしかクロノクルの隣には彼の副官となったカテジナの姿があった。

 …というのが大まかなあらすじで、紆余曲折を経てウッソとカテジナは戦場で再会を果たす。
敵対する者同士として、何度も邂逅する。
彼女が敵となったことを信じたくないウッソは「おかしいですよ、カテジナさん!」と訴えつづけ、そんなウッソが気に障るカテジナはこれでもかというくらい執拗にウッソをつけ狙う。
ここが物語の肝となっている部分で、とにかく両者のいうことやることなすことことごとく“噛み合っていない”のだ。
逃げて否定するウッソ、追って拒絶するカテジナ
二人はいびつに執着しあう。

カテジナはなぜあれほど忌み嫌っていた戦争に自ら加担するにいたったのか。
彼女はおそらく居場所を探していた。
家の二階の窓から外を眺めていた頃から、お嬢様以外の何者かになりたかったのだ。
誰かに必要とされたかった。求められ愛されたかった。
すべてを失ってたまたま連れていかれた場所には、優しい大人の男とマリア主義という崇高な思想と美しいマシンがあった。
生まれてから今日まで欲してやまなかったものをいっぺんに与えてくれたのがクロノクルだった。
クロノクルもまた女王の弟として、軍人として個人としての立場のあいだで孤軍奮闘する男であった。
互いに共感しあえるところがあったのだろう。
かくしてカテジナは軍人という与えられた目の前の役割を演じることにのめり込む。
彼女が時折うそぶく思想めいた言葉は、出来の悪いスピーチのように実感がこもっておらず薄っぺらいのだ。

一方で、ウッソにぶつける言葉には苛烈なまでの感情がこもる。
「いちいちこれ見よがしに強くなって現れる…可愛くないのよ!」
あまりに稚拙すぎて聞いているこちらとしても「なんだそりゃ」なのだが、当の本人の目は本気で血走っている。
後にウッソは「あなたの弱さがカテジナさんを変えてしまった」とクロノクルを責めたてるが、カテジナを最も追いつめたのは他ならぬウッソである。
「あなたは家の二階で物思いにふけったり、盗み撮りする僕をバカにしていればよかったんです」とウッソは初恋の君に訴える。
ウッソにとってのカテジナは“憧れのお嬢様”でしかなく、彼女を自分の理想という型枠に押し込めるばかり。
いまの自分を否定されればされるほどに反発するカテジナ
しかしカテジナもまた、自分がされているのと同じようにクロノクルを追いつめているのだった。
誠実ではあるが木を見て森を見ないところがあり、優秀ではあるが野心もほどほどの男…
いつしかカテジナの心中には恋い慕ったはずのクロノクルを侮る気持ちが芽生えていた。
己が選んだ男は、いつまでたってもウッソを出し抜けない。
ならば自分も共に、というわけだ。
「そそっかしさではなく真の強さを見せてほしいのに」とカテジナは嘆く。
彼女の求める強さとはなんだろうか。弱さとはなんだろうか。
想い合う三人は、まるで不毛な殴り合いをしているようだ。

クロノクルの過ちは、カテジナを戦争に荷担させたこと。
「クロノクルは私に優しかったんだ!」とカテジナは吐露するが、本当に優しい男は恋人をモビルスーツなんかに乗せはしまい。たとえ彼女が望んだことだとしても。
ウッソとの一騎打ちに敗れ、コクピットから身を投げ出された彼がいまわの際に見たものは恋人の姿ではなく、先に逝った姉の幻影であった。
彼が闘う理由とは、女王の弟としての野望ではなく、傀儡の女王として利用され続けた姉マリアを救うこと、救えなかった姉を利用した人間への復讐だったのかもしれない。
執念でウッソとカテジナには劣ったのだ。
それこそが彼の甘さという名の優しさでもあったのだろう。
「マリア姉さん、助けてよ」
彼の最期の言葉が望んだとおり、差し出された手を最愛の姉はとってくれたと思いたい。

ウッソの過ちは、子どもの純真さゆえカテジナに自分が思う理想を押しつけ、目の前の生身の彼女を否定し続けたこと。
男と女が、人間と人間が解り合うことは難しい。
最後の戦いのあと、脇腹にナイフを突き刺された際に洩らした「まったく…」に続くのはおそらく、「あなたって人は…」であり、さらに続くならば「そういう人だったんですね」となるのではないか。
かつて憧れた“ウーイッグのお嬢様”ではない、今現実に目の前にいるカテジナをウッソがようやく認めた瞬間だったのだと脳内補完している。
それが永久の訣別の時になるとは、なんとも虚しい。

カテジナの過ちは…
なんだろうか。
あえて言うなれば、狂気の役どころから降りなかったことだろうか。
シャクティから「おかしいですよ!」と真っ向から指摘されたとき、彼女は「とうにおかしくなっている!」と即答した。
本当におかしくなった人間は、おかしいですよと言われてそうですおかしいんですなんて言わない。
正気のまま狂気を演じ抜いたカテジナ
そうでもしなければ自分を保てなかったのだろう。そして二度と引き返せなくなった。
「クロノクル、白いヤツを手向けにしてやる。そしたら…」
私もすぐにそっちへ逝く。
言葉は途切れたが、カテジナは先に逝った恋人に殉じる道を選び、全てをうしなった。
潔癖なプライドが彼女を奮い立たせもし、壊しもしたのだった。

ウッソとシャクティは、カテジナを許したのだと思う。
脇腹を刺されながらも、それ以上責めはしなかったウッソ。
月日が流れ、季節がめぐり、雪の降る中ひとりウーイッグの街を目指す彼女を彼女と気づかぬふりをして、多くを語らずに送り出したシャクティ
二人にとってのカテジナは、最初から最後まで“道に迷った旅人”だったのだろう。
全てとともに光をもうしなったカテジナは、それでもなお生かされ続けている。
そして、なお生きるために、生まれ育った地へと帰ってゆくのだった…。

この物語が発表された時くしくも私はウッソと同年代だったのだが、縁あって再会し、大人の視点で触れることができた。
あの当時こんなとんでもない物語が子ども向けアニメとしてテレビで放送されていた、ということに二十数年越しの驚きを禁じ得ない。
すさまじいエネルギーにただただ圧倒され、「機動戦士Vガンダムとはなんだったのか?」と振り返ってみると、“女の情念”という言葉が最もしっくりきた。
すべてを疎み拒絶しながらも、愛を求め、人に執着し続けたカテジナ
この物語の主人公はウッソ・エヴィンだが、この物語は故郷を焼け出された少女が再び故郷へと帰るまでの闘いの記録でもある。

 

とんでもない物語でした。やれやれ。
約半月の間で視聴完了したのですが、終わった後もずっとえらく考え込んでしまって、どうにか昇華しなければ…という思いから長々と感想文を書きました。
急いで観たのと最中は検索禁止にしていたのとで、台詞や細かい部分はあやしいかもしれない。
案の定ほとんどカテジナの話になってしまった。ストーリーにはほぼ言及せずに(ストーリーは… 最後のほう急激にスピリチュアル展開になったのだけがちょっと惜しかったなぁ、と個人的には)。
それにしても“知らない人に分かるように書く”ってほんと難しいですね。備忘録ということで見苦しい点はお見逃しいただければ。
ガンダム三大悪女と名高いらしいカテジナさんですが、そう言われてしまうとそうじゃない部分を見いだしたくなるのが人情というもの。好き嫌いは別にして。

次は新機動戦記ガンダムWを観る予定。こちらもリアルタイムで乗り遅れたため初見です。
まだAmazonプライム無料期間が残っているのでフル活用。
今度はもうちょっと気楽に観られるだろうか。わくわくしてます。