うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

私のもうひとつの中山グランドジャンプ物語

待ちに待った。
二年かけて彼が中山に帰ってきた。
絶対王者がグランプリ初制覇したときの3着馬、メイショウアラワシが。

春の大一番のあと小倉サマージャンプを2着と好走し激走がフロックではなかったと証明するも、この実績に彼は長らく苦しめられることとなった。
非重賞へ行けばとにかく斤量を背負わされる。
極端な競馬になると得手を活かしにくくなるため勝ち星はおろか馬券圏内も遠のいてしまった。
彼の持ち味とは、ずばり飛越のうまさ。
スピードよりも、じっくり持久力勝負。
まさに大障害コースを走るための障害馬そのものではないか。
調教から実戦まで熱心に手綱をとる主戦の森一馬騎手も中山向きと明言してきた。
しかし、一度踏んだ夢舞台は果てしなく遠かった。

なかなか勝ち負けにならない悩みの期間に、曳いている人間が二度ほど変わった。
それが何を意味するかはあくまで憶測の域を出ないが(開催の関係上人手が分散されているのかもしれないし)、バックヤードで様々な工夫がなされていたことは想像に難くない。
甲斐あって、現王者と前王者の再戦で話題が持ちきりとなった春の祭典へとつづく前哨戦のひとつ、三木ホースランドパークジャンプステークスでようやく彼は復調の走りを見せた。
目の前にひらけた景色は新緑の京都ではなく、春風の中山だった。

パドックに鈴なりとなった大勢の競馬ファンに、アラワシもさぞ驚いたことだろう。
時折イヤイヤしたり立ち止まったりして、曳いている人はなかなか大変そうだ。
アップが9番でアラワシが7番だから自分が立ち位置にしくじらなければどっちの陣営も撮れるな、と皮算用していたのだけれど、前走と同じく一番後ろを周回している。
あれ、こんなに気難しい馬だったっけ?
思い起こせば不振のあいだは曳き手を困らせることなく従順に歩いていたので、やはり本調子ではなかったのか。
騎乗命令がかかると前掻きをはじめるのも、競馬のしんどさを彼自身が覚えていて最後の抵抗をしているからなのかもしれない。
身近にない競走馬の仕草をわたしたちはどう解釈すれば正解なのか。
外からはただ推しはかるしかないので、私は気合い乗りのバロメーターだと思って見ている。
荒ぶるアラワシの様子に、おかしな話だがワクワクを禁じ得なかった。
よし、今日も元気だ。
さあがんばろう!

ゲートが開いて一拍おいて、栗毛の馬体と青ピンクの勝負服がポンと飛び出した。
前を見ながら好位につけるものとばかり思っていたので「えっ」と声が出た。
心の中ではガッツポーズ、声にならぬ大絶叫だった。
『やった!元気だ!!』
先頭はすぐに入れ替わったものの束の間リードをとり、実況にたくさん名前を呼ばれるアラワシを目で追いながら『あぁ、ほんとに中山に帰ってきたんだなぁ』と胸が熱くなった。
安定した飛越で最大の難所の大竹柵と大生垣も難なくこなし、それでも先頭は遥か遠く、すぐ前をゆくシンキングダンサーには大差をつけられたものの、昨年の2着馬サンレイデュークをハナ差しのいでゴール板を駆け抜けた。
なんと2017年度の勝ち時計と同タイム。
二度目の挑戦は、着順以上に価値のある8着だった。
これは理論上中山グランドジャンプを勝てる力があるってことだぞ。すごいぞアラワシ。本当にえらい。
まもなくマイネルクロップが帰還を果たし、2018年度中山グランドジャンプは感動のフィナーレを迎えた。
終わった。長いようであっという間の5分間だった。
やがてゆっくりと実感がわいてくる。
ゴール直後は、玉砕覚悟で逃げたアップトゥデイトが満足に逃がしてもらえずオジュウチョウサンに完膚なきまでに叩きのめされた衝撃でものも言えずに固まっていたのだが、視界と脳内を画面二分割してアラワシの勇姿はしかと見届けた。
各馬陣営それぞれに対し、こみあげるものがあった。
みんなおかえり。帰ってきてくれてありがとう。

 

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メイショウアラワシ、今回も人馬ともに無事完走。
さすがに力を出し尽くして疲れきったのかおとなしくジョッキーに連れられ、はなみちでトレーナーと担当スタッフに出迎えられじっと労われていた。
汗びっしょりのアラワシを囲んで、みんなが安堵の笑顔だ。
これこれ、この光景が見たくて現地まで来るんだよなとこちらも自然と頬がゆるんだ。
なかなか大変そうな馬ではあるけれど、この負けん気の強さがあるからこそ3歳からコンスタントに障害を飛んでこられたのだろう。
ひと仕事を終えた森一馬騎手は「まだまだやれる」と相棒を讃えた。
言葉のとおり、これからもきっと彼らは重賞戦線で、悩みながらもがんばってくれるはずだ。

この馬を応援している理由はたくさんある。
数珠繋ぎとなった縁が私をここまで連れてきてくれた。
オジュウやアップのような大スターではないけれど。
なかなかうまくいかなくて、もどかしくて、悔しくて。けれども走ってくれることが嬉しくて。
そういうすべてをひっくるめて、かけ値なしにかわいい。愛おしい。
私にとってのメイショウアラワシを、競馬ファンはきっとそれぞれ心の中に住まわせている。
あのときあの場所にいたひとりひとりが好きな馬を見つめ、惜しみない声援を送っていた。
場内をふるわせた熱狂の渦はただただ二強のみに注がれた情熱ではなかったのだ。

障害レースを志すもの、愛するものにとって中山は特別な競馬場だ。
ふたたび彼らとともに行けることを願って、いや、信じてやまない。