うまいこといえない。

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どこへいくのか障害レース2018

いつまでつづいてくれるだろう。
オジュウチョウサン無双に端を発した障害レースへの注目は。
いま競馬場の来場ポイントプレゼントには彼のゼッケンタオルとクリアファイルが、ターフィーショップには生垣つきの勇ましくも愛らしいぬいぐるみが並ぶ。
史上初にして空前絶後のブームといっていい。
そのオジュウチョウサンが先日、平地競走への挑戦を明言したことは記憶に新しい。
実際にどうなるかは見てみなければわからないが、動揺しているファンも多いと思われる。

障害レースが置かれている現状をこれだけ淡々と、理路整然とあらわしている記事は稀有だ。
ファンの誰もが認めながらも言葉にしづらい、美点で曖昧にしてしまいたい痛いところを的確にとらえている。
そうなのだ。
オジュウチョウサンというスターホースがあらわれても、障害レースを見る外からの目がいくらか増えても、あいかわらず未勝利戦とオープン戦は原則的に第三場で行われているし、現場は慢性的な騎手不足にあえいでいる。
番組や人材の問題は今日明日に解決する問題ではないが、さりとて何か少しでも変わったのか?と問われれば、あんまり変わっていないのだろうなぁというのが本当のところ。
そんな事実を再認識させられて、いまとても楽しいはずなのに、“この先”のあるかなきかを憂える気持ちがにわかに大きくなってしまった。
オジュウチョウサンらは、障害レースは、これからどこへいくのか。

生きとし生けるものは、みんな平等に年をとる。
理解とノウハウを持ち、騎乗依頼をする調教師も。
名手と呼ばれるジョッキーも。
歴戦の名馬たちも。
そして、冬の時代をともに乗り越えてきた障害レースを愛するファンたちも。
みんなこのままいつまでもずっと、というわけにはいかないのだ。
では、いまわたしたちには何ができるだろうかと考えたとき、個人ができることはほんの微々たるものだと思い知る。
行けるときに現地へ行って、買えるときに馬券を買う。
直接的には、これだけ。
ブログを書いたり、写真を撮ったり、応援幕を張ったりは、精神的な活動だ。
外からファンを育てるにはこれら“美点の力”がものをいう。
この盛りあがりが、のちのちの隆盛と再生の火種となってゆくだろう。

しかし胴元を動かすにはやはり目に見える成果と数字が要る。
いまだけでなく、一過性のブームで終わらぬよう。
あとにつづくものを育て、築きあげなければならない。
番組構成を考えるとか、長期的なスパンで人材を確保し育成するとか、戦略的に前面に売り出していくとか、そういう根本的なことは中の人にしかできないのだ。
外から見ているファンの力には限界がある。悔しいが。
だから、いまグッズを作ってくれたりしているのは好意だろうか、今後の動向を期待してもいいのだろうかと、わたしたちは中の人の一挙手一投足に注目している。

力になりたい。
力を貸してほしい。
障害レースの存続と発展のために。
どこへいくのかじゃない、いいところへいきたいのだ!