うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

柵は越えないままで

何も知らずに柵の外から競馬を見ている私は、無知で無邪気で無力だ。
この世界に魅せられるほどに、まだ自分が何も知らないことを思い知らされる。

この空洞を埋めるためには、自ら柵の内側に入るしかないのではないかと何度も何度も考えた。
思いつめたこともあった。
知らないこととは、経験と実感だ。
いまここで自分がどうあがいても得られないものたち。
でも、今さら人生は変えられない。
それが可能なタイムリミットを私はもう通りすぎてしまった。
限界を突き破るための向こう見ずさも、情熱を燃やせるだけの力も、覚悟も、おそらくいまは足りない。

ほんのときどき、いっそのことぜんぶ手離してしまったほうが楽なのではないか、とも考える。
もう、競馬、私の手には負えないんじゃないか、と。
好きになればなるほどに。
でもきっと、柵の向こう側にいる人たちも今さら人生を変えられないのは同じことだと思い直す。
それぞれの立ち位置で自らの道を歩みつづけるしかないのだと。
私は目の前の柵を越えることはできない。
越えないことを選んだ。
知らない、得られないもどかしさを永遠に抱えながら、くもりのない気持ちで見つめつづけるしかないと。

持てる理解と感情こそが自分にとっての実体なのだろう。
そのかたちや大きさには個人差がある。
だから目をそらさない。
知ろうとする、解ろうとする、想い描く。
見ることとは、知ろうとすること、寄り添おうとすることだ。
そうして十数年やってきた。

見ていたい、想っていたい。
好きでいたい、憧れていたい。
逃げたくない、諦めたくない。
柵の向こう側のあの世界を。その中にいる馬や人たちを。
あふれた想いは声に言葉にすればいい。
そのままの立ち位置で。柵は越えないままで。