うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

涼やかな魔法

出遅れから鮮烈に。
はかったように差しきった。
あの、あの癖馬を、御している。
なんなんだこれは。一体どうやったんだ。
この男は時々、魔法のような仕事をする。

メイショウウタゲは、気性の激しさと難しさゆえに出遅れ癖を抱えていた。
そして芝の切れ目で飛ぶ。
抑えつけてもダメ、するに任せてもダメ。
この馬が真価を発揮するには、しまいまで集中力を途切れさせないこと。
たいへんな馬なのだ。
幾人の騎手が彼を勝ち上がらせては、翻弄された。
あるときは小林徹弥騎手の献身であったり、またあるときは武幸四郎騎手の当たりの柔らかさであったり、さらにあるときは内田博幸騎手の豪腕であったり。
陣営は常に最善策を模索しつづけていた。
勝ちっぷりはいつも圧巻。
ポテンシャルは重賞級。
だから、なんとか大きいところへ行きたい。
その足がかりに勝ち星をあげたい。
そして名鉄杯。新たな鞍上を迎えての挑戦。
期待はあったが。
結果は出遅れからの後方侭、レースに参加できずに終わってしまった。
ああ…今日も不発だった。
このところ勝利はおろか好走もままならない。
すべては彼の気持ち次第。
まともに走れば重賞、G1さえすぐにでも見えてくるというのに。

再起をかけた決戦には、エニフステークスが選ばれた。
おととし好走した舞台に望みをかける。
手綱は前走にひきつづき秋山真一郎騎手がとった。
期するところがあったのだろう。
恥ずかしながら、初見では何が起こっているのかわからなかった。
一番後ろにいると思っていた人馬が、後ろを見ているうちに最前列にいた。
出遅れ後方からあれよあれよという間にするすると、馬群をさばいて内を突き、逃げ粘るハヤブサマカオーを鋭くとらえたところがゴールだった。
魔法だ、これは。
たった一度の騎乗機会からすべて掴んでいたのだ。
ウタゲの秘める爆発的な潜在能力が彼の琴線に触れたのだろう。
この男は、面白い。

新興勢力の台頭や乗り替わりなどシビアなご時世、割を食っているであろうジョッキーは多い。
彼もそのうちの一人だろう。
しかしこの男、秋山真一郎ならば、苦境に身を置きながらも時々は魅せてくれる気がするのだ。
涼やかな笑みを浮かべながら。
誰にも何ものにも媚びずに、やりたい仕事をやる。
誰もがあっと驚く魔法のような仕事を。

 

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