うまいこといえない。

うまいこといえないひとがつたないなりに何かを残し誰かに伝えたいブログ。

そうか、手放せないんだ、この本

本は換金アイテムになりがち。
貧乏を経験したことのある人にならわかると思う。
ほんとは気に入ってるし本棚に置いときたいけど、場所とるし、ちょっと懐が淋しいし…というときにうっかり手放しがちなのが、本。
買取に持ち込んでもだいたい二束三文にしかならないんだけど、ちょっとの足しにはなるし、本棚を片付けた満足感も得られるし、誰かが買って読んでくれるのなら…といちおう納得はできる。
惜しみつつ手放した本、あとでもう一回買ったりするんだけどね。ただし長編ならあきらめる。
そうやって本への執着を自ら薄れさせてきた。
ずっと本棚に置いてある漫画、もうダイの大冒険くらいしかない。
これはわたしにとっては、ダイたちにとってのアバンの書みたいなものだから、「それをすてるなんてとんでもない!」なのだ。
ほかの漫画はまたぼちぼち片付けるかもしれない。
Kindleで買い直すかもしれない。
紙で置いとくには限度があるし、もうデジタルでいいんじゃないかなという気持ちになっていた。
学生時代みたいに友だちと漫画の貸し借りをしては熱く語りあったりすることもなくなってしまったし。
自分が読みたいものをひとりで読むだけ。
感想はツイッターでつぶやくか、ブログで書くくらい。
だから、べつにかたちがなくてもいいんじゃないか。
本って老朽化するしね。
紙の本を手に持ってページをめくるのは好きだけど、なんとなく手放したくなるときがあったりする。
ときに本は重いのだ。
持ってること自体が、心にとって。
だから手放すか、封印したりもする。
紙の本ならそれができる。

重たい本は、Kindleにも何冊か入っている。
「戦争は女の顔をしていない」の原本とコミカライズだ。
なんとか読み終えたものの、持っていることがとてもつらくなった。
毎日思い出してしまうし、想ってしまうのだ。
ライブラリ内のサムネイルが目に入ってくるだけで読んだ内容がフラッシュバックする。
端末の中にあるという事実だけで、重いと心が感じられてしまう。
けっこうつらいな、と思いつづけていたらウクライナ侵攻がはじまってしまった。
わたしの心は現実に現代に起きてしまった戦争と、本で読んだ過去の戦争に侵食された。
そのときに気づいたのだ。
そうか、手放せないんだ、この本。
ライブラリから消すことはできてもダウンロード待ちになるだけ。
紙の本みたいに売り払うこともできない。
買ったことをなかったことにもできないし、もちろんそれができたからといって、読んだことをなかったことにできるわけではない。
記憶は消せないのだから。
アカウントを消さない限り、購入履歴がデジタルタトゥーのように残りつづけるのだ。
自分にとって重荷になったり不要になった本は、適切な方法を選んで手放したり、他者に譲ったりできるのが紙の本のよさ。
でもKindleには他者がかかわれない。物理的に動かすこともできない。
自分が選んだからずっとここにありつづける。
それってちょっと重たいな、と思ってしまった。
デジタルで本買うときには相応の覚悟が要るなと。紙より手軽に買えるのにね。

念のため言っておくと、嫌で嫌いなのでも、手放したいのでもないです。「戦争は女の顔をしていない」に関しては。
この本を読むのはわたしにとって必然で必要なことだったと思うし、生涯大事にしたい。
ただ強くそう思うがゆえに心のバランスを崩してしまった時期があって、ちょっとのあいだだけでも目に触れないようにして、端末の中にも完全に「ない」ことにできないかなと考えただけ。
まあそれは無理だったんですけどね。
今はだいぶ落ち着きました。
やっぱりサムネイルが目に入るたびに思い出して想ってしまうんですけど、戦争のことを考える心構えがあるとき以外はスッと心を閉じられるようになってきました。

もっと軽い話だときのうの、好きな漫画描いた人がすけべ転向してたのを知ってショックだったから、しばらく好きな漫画のことも忘れたい…と一瞬思うもそれはデジタルでは不可能だわと我に返ったってはなし。(ちなみに勇気出してくだんの新作読み切りを読んでみたら、すけべはそこそこで実態はヤンデレもののホラーだった。モヤモヤして頭から離れない…やっぱりあの人印象に残るキャラ作るのうまい…)
そもそもその漫画も紙で買ったけどうっかり売ってしまってKindleで買い直したのだ。
なんだ、単に自分がうっかりしてるメンタル弱い人だってだけか。
うっかり売っちゃうからKindleのほうがいいや、なんて思ってたけど、それがまさかデメリットになりうるとは。
う〜ん、一長一短。といいつつ今はだいたいKindleです。