うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

つくりごとのなかの男女とか恋愛とか

三谷幸喜の書く女性キャラが苦手だった。
コミカルでしたたかでさわがしくって、男性の見てないところでぺろっと舌を出して笑ってるような。
「女の人ってこんなんでしょ?」って上から言われてるような恥ずかしさがあって。
真田丸はきりが苦手で早々に脱落してしまったんだけど、もっとみんなクセ強いはずの鎌倉殿はノンストレスで見られている。
「今回は女性スタッフの意見を訊きながら書いた」とインタビューにあってめちゃくちゃ腑に落ちた。
たしかに、いままで人物描写でモヤモヤしていた部分がほとんどなかった。
あの立場あの年齢で価値観のアップデートができるってすごいですね。
そのまま我を通しても評価されるほどの人なのに。

そういえば。
うる星やつらが苦手だった。子どもの頃から。
苦手というより怖かった。
平凡で助平な男の子と、向こうの都合もおかまいなしに大好きな男の子を好き好き言って追っかけてばっかりの女の子。
大人になったら男女はこんなふうになるのかなぁと子ども心に怖かった。
昔はこのパターンのラブコメが多かったですね。
鈍くて助平な男の子に熱烈アタックをするパーフェクトな女の子。
なぜかはわからんけどそういう恋愛の描写が苦手で怖かった。
幼なじみの女の子キャラも苦手だった。
勝手に好いて勝手に嫉妬して勝手に独占欲をあらわにしてくる様子は、なんだかこっちも責められてるように感じられてしんどかった。タッチみたいなのも。
じゃあなんでアニメ見てたのかというと、お金のかからない娯楽がアニメくらいだったからです。
夏休み子どもアニメ劇場みたいなやつ。夕方の再放送とか。毎日何かを弟と一緒に見ていた。
パタリロはギャグとして見てたけど、そういえば恋愛にあたる描写は得体が知れなくて怖かったな。
知らなかったから意味がわからなくて怖かった。
もともと子ども向けじゃないもんね、あの漫画は。わかったのは大人になってから。

思えば、物語における男女の描き方に昔から違和感を覚えることが多かった。
でも漫画でもアニメでもゲームでも絶対といっていいほど描かれるから避けて通れない。
恋愛パートは心を無にして見ていた。それを除けば残る成長物語や冒険活劇が好きだったから。
冒険が好きだったり、世界を救いたくて戦ってる男の子のそばには必ずか弱い女の子がいる。
男の子が女の子のピンチを助けたりして、だいたい相思相愛になる。
仲間の女の子にセクハラをする男の子もいっぱいいた。女の子も本気では怒らない。
なんでなんだろうと疑問に思いながらも、漫画アニメはそういうものと無理やり納得して目をつぶってきた。
幸か不幸か、大きくなってもわたしは男の子を追っかけまわす女の子にも、年中恋してる女の子にもならなかった。そりゃそうだ。

いま懐かしの漫画アニメのリメイクブームがきてますけど、うまく令和の価値観にあわせて再構築されてて、わたしが見たものはおおむねよかったです。
ダイの大冒険でさえたまにありましたからね、サービスカットみたいな要素が。
ポップやマトリフの助平、これさえなければと内心思ってた。マァムがいやらしい目で見られるのも嫌だった。
ドラマはほとんど見なかった。他人の恋愛感情に興味を持てないから。
今でも大河ドラマくらいしか見ない。
大河ドラマの中でさえ恋愛は出てきますけど、それがメインテーマではないからなんとか見られる。
人間を描くのに男女観は切っても切り離せない。そして多くは恋愛として描かれる。
そういうのがこのごろはますます億劫になってきた感じがある。
ジェンダーをテーマにした作品も重たくてしんどい。
わたしは心も体も女性で迷いがないけど、そんなわたしもなんだかしんどいのだから、そうでない人はもっとしんどいのかもしれないなぁ、昨今のエンタメが。エンタメになにかを思い感じることが。