うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

モラトリアムがおわります

来週からまた働く人になります。
これからは自社雇用です。
とはいっても非正規雇用者からパートアルバイト労働者に若干のクラスチェンジをするだけですが。
面接へ行ったその日の夕方に電話が来て本決まり。
「びっくりした〜」ですね。超スピーディ就活だった。吟味に吟味を重ねた一社目で決まった。運がいい。
このひと月と少しのあいだ落ち込むだけ落ち込んで「自分こんなんやからしゃーない」とひらきなおったらちょっとだけ楽になった。
面接でもわりと話せた。「しゃべれるやないかい!」って自分でも驚いた。
わたしは中身がおぼろ豆腐なのだけど、外面をちゃんと整えたらまともに見えるらしい。
それが弱味とも取り柄ともいえる。

正規雇用者という働き方は、わたしには絶望的に合っていなかった。
長年お世話にもなってきたから言いにくいけれど。
入り口が広いし担当者がお世話してくれるしいろんな経験を積めるから合ってる人には合う働き方なんだろうが、やっぱり立場が不安定で弱すぎる。だからもともと弱い心も弱る。
なにより長く働けば働くほどに個人としての尊厳がちょっとずつ削りとられていくようだった。
派遣先からはやんわりと自分から辞める方向へ誘導された(3年勤めたら正社員になれるなんてウソ)。
スカウトされたらされたで派遣仲間からは妬まれた(何回か正社員にと誘われたけどその度にいじめられて心が折れた)。
会社の人からは仲間と認めてもらえなかったりした(同じ仕事してるのにね)。
同じ働くなら同じ立場で同じ組織の一員として働いたほうが精神衛生上よい。卑屈にならなくて済むから。
責任が伴う厳しさもあるけれど、なんの責任もなく、期待もされずにやる仕事にはどこかむなしさがつきまとう。
先が見えない。今と明日しかない。
わかっているのに現状を変えられなかったのは、日々の労働と暮らしに埋没すればするほどに気力を削がれていったからだ。
そうしてるうちに歳もとった。
学歴ない資格ない特技ない人間がハケンをやって成功と安寧を得られるはずもなかった。
ライターになりたい、家でひとりでできる仕事がしたいと思いながらも「自分なんてこんなもん」「この世に不要な存在」と思い知らされるのが怖くて挑戦からも逃げつづけた。
そして何もかもが限界に達して仕事をやめた。
今回の就職活動はそういう生活からの脱出が大目標だった。脱出できるかどうかは行ってみなきゃわからないけど。
どのみちわたしにとって会社という組織で誰かと一緒に働くことは苦行に変わりない。
同じことならちょっとでも納得できるほうがよい。
いちから自分で決めたことには納得ができる。少なくとも。

無職のあいだ、休養にあてたひと月は本当に何もしなかった。
はじめにサイコロきっぷで倉敷へ行ったあとは、なんちゃってひきこもりとしてただただ生存していた。
人間が動くとおなかがすいてお金が出ていく。
ただ生きてるだけでもお足が出る。だから息を潜めていた。
外へ出ると目に入る人みんな働いていて「みんなえらいなぁ、それに比べてわたしは」と情けなくなった。
スーパーやコンビニ、喫茶店の店員さん、配達の人。みんなふつうの人で、みんなふつうに働いている。猛烈に後ろめたかった。ぶらぶらする気にもなれなかった。
ただ、自転車を漕いでいるときだけは心も体も自由で、外の空気はおいしかった。

お金のかからない娯楽として、ずっとアプリで漫画を読んでいた。
エンタメが心の支えのひとつだった。
いい作品にも出会えた。
宝石の国」と「あおのたつき」は紙で買おうと思ってる。
今もこつこつ読んでるのは「おとなになっても」と「BUNGO」と「弱虫ペダル」。「奥猫」もお気に入り。
「滔々と紅」は先が気になって原作の小説をKindleで買った。
世の中には無限に近く読むものであふれているのに、自分が読みたいものと実際に読めるものはひと握りしかない。
というか、漫画アプリって作者さんにはちゃんと還元されてるんかしら。
毎日チケット無料制にしてでも多く見られたほうが宣伝効果あるってことなんだろうけど、読む側からしてもいたずらに創作物を浪費してる罪悪感がものすごくある。
続きを読みたくて課金したり、紙で買うほどの作品ってそんなにないし。
いや単にわたしが出し渋ってるだけか、エンタメに。無職だしな。
漫画というコンテンツがバズりありきでスピード消費される風潮になったぶん量産型っぽい雑な作品が増えたなぁとも。
だからよけいに選り好みしてるなぁと感じるのだ。
エンタメってそんなに軽くてたやすいもんでいいのか。創作者って貴重な存在なのに。せめてもっと大事に扱いたい。

野球は毎日観ていた。
野球があるから家族との間がもっていた。
なんちゃってひきこもりのわたしは、プロ野球中継とスポーツニュースで月日の流れと季節を感じ、外の世界とのつながりを保っていた。
働いてたときは競馬がその役割を担ってたんですけどね。
競馬は元気がないとできないです。元気をもらいにいくためにも最低限の元気がいる。
もともとそういうハードルの高い趣味だと、元気をなくしてみてわかった。
なので無理はしないです。いまはね。いまは。

いまのいまだって、来週から会社へ働きに行くのがものすごく怖いです。
わたしは社会と会社と組織と人間からドロップアウトしてしまったので。
無職の間、外へ出るのが怖いからと毎日息を潜めてモラトリアム期間を延長しつづけていた。
もう決まったから腹を括って行くだけですが。
また同じことでしんどくなるんだろうと思う。同じところでつまずくとも思う。
でも、ちょっとかたちを変えてまた外へ出ると自分で決めた。
だから前よりはもうちょっとがんばれるし、うまくやれるとも思う。