うまいこといえない。

うまいこといえないひとがつたないなりに何かを残し誰かに伝えたいブログ。

三度目の春に想う

アップトゥデイトを超える馬はいない。
そうやすやすとあらわれはしない自信があった。
私にとってはこの世の春だった。
しかしそのときはやってきた。
幾多の死闘とともに。いまだかつてない衝撃とともに。
あっという間に彼を飛び越していった絶対王者は、逃げてもあらがっても食らいついても未だ届かない、高くそびえ立つ壁となった。
絶望に限りなく近い畏怖と敬意。
驚きとときめきと同時に、嫉妬にも似た感情が奥底にしまい込まれた。

永遠につづくかと思われた春が終わりを告げ、四季はめぐった。
闘いに明け暮れるその間に、やがて彼らはゆく道を分かつ。
ハードル界を極めた現王者は、すべての人馬の夢ともいえる有馬記念への挑戦に。
そして、復権をはかった前王者は。
いつのときも競馬とは、レースとは、誰にとっても等しく厳しい。
勝手知ったる中山で初の落馬を喫した彼は、やむなく休養期間に入ることとなる。
もっとも声援を送りたい相手をただただ案じる日々のはじまり。
私にとっての長い長い冬がやってきた。

戴冠から三度目の春とともに絶対王者が帰還した。
新天地でも多くの競馬ファンをわかせた彼は四度目、いや史上初の栄光を掴む道を選んだ。
その初戦の阪神スプリングジャンプ、彼の最後の飛越にはいつにない乱れがあった。
最愛の存在を見つめられぬ苦しみを押しつぶすように多馬の勝利を渇望していた私の心に、根拠のない熱と自信がほんの少しだけ舞い戻ってきた。
それは予想、馬券面といった打算的なものもあったし、あるいは注意深く覆い隠してきた嫉妬に似た感情が見せた幻想だったのかもしれない。

今年の中山グランドジャンプは、現地観戦を見送った。
史上初の四連覇を阻む宿敵としてここに来ることが叶わなかった前王者にならいたかったのだ。
それは建て前で、偉業達成の瞬間、この嫉妬に似た感情がほんものになってしまう予感があった。
直視するのが怖かったのだ。
私は闘わずに逃げた。自らの葛藤から。

しかしどれだけ目を逸らそうとしても、求めずにはいられない瞬間がある。
全ての人馬が何とか彼を負かそうと切磋琢磨しあう。
息もつかせぬ駆け引きのすべてに受けて立ち、ついにはまとめてねじ伏せた。
夢も幻想も嫉妬もあらゆる感情を越えた頂点に彼はたどり着いた。
時代は作られ、ここに完成した。
まさにこの今こそが、稀代の名馬、オジュウチョウサンの時代。

くしくも三年前の今日の日も、中山の大障害コースにアップトゥデイトはいなかった。
その事実が突然に淋しいと感じられた。
道を分かつ口惜しさ。心許なさ。
新たな伝説がはじまった瞬間、一番いてほしかった彼がいない。
タラレバを心の中で何度も繰り返し、それでもいつかはと祈り願い信じつづけてきた。
嫉妬の正体は、なんということもない、愛をもてあました淋しさだった。
口にすることのはばかられる、誰にもどうすることもできない、嘘偽りのない感情。
讃えるべき者を讃えながら、すべてを超越した強さに酔いしれながらも、同時に思い浮かべたのはやはり躍動する白い馬体の彼だった。

祈り願うのは無事と最善。
だから急かすようなことも、押しつけがましいことも、言えないし言わない。
今は幻想として胸にとどめておく。
アップトゥデイトとともにふたたび一喜一憂したい』、とだけつぶやいて。
幻想は貫き通せば、打ち砕かれようとも、たとえ形は違えども、夢となって叶う日もこよう。
その時まで情熱を絶やさぬように。
愛すべきものを愛し、讃えるべき者を讃え、すべきことをして、日々を慈しんでいこう。

季節はめぐり、少し遅れて春を運んできた。
私の心にようやくおとずれた雪解けだった。

 

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濁さずに、茶化さずに、自分の想いはまっすぐに

もう、想いの丈をつづるのに、自虐と謙遜の保険をかけるのやめませんか。
想いがあふれてとまらないのも、今にもあふれて洩れだしそうな想いを自らせき止めてしまうのも、相当にあやうい状態。
我慢して言葉を飲み込むのは、あまりにも苦しくありませんか。
嘘偽りのない気持ちを自分で茶化したり濁したりするのは、しんどくないですか。
だから、もうやめにしませんか。自分で自分を追いつめるようなことは。

嬉しいときも、悔しいときも、悲しいときも、人は語らずにはいられない生き物です。
想いが強ければ強いほど、ちょっと打ち明けたい。どこかに吐き出したい。誰かにきいてほしい。
自分の力ではどうにもあらがえない出来事の前に、自らの無力さであったり、相手との存在の遠さだったりに打ちのめされることが、生きていれば何度だってあります。
そんなとき、感じるままに言葉をつむいでいく。

いずれ客観視して自分の気持ちを整理するため。
どこかで同じ気持ちでいるであろう誰かと分かち合うため。
ただただ想いがあふれてとまらないから。
ちょっと今は酔わずにはいられないから。
人それぞれに語る理由がある。
それは誰しもに許された自由と権利です。
「自分語りごめんなさい」「タイムラインを埋めてごめんなさい」「ポエムでごめんなさい」
ただ思ったことを語るために、このごろは何となくそういう枕詞を置かねばならない風潮すら感じます。
ある種の同調圧力かもしれません。

強くて純粋な感情は人の心を打ちます。
心のこもった言葉は多くの人を引き寄せるものです。
反応が可視化されるSNSにおいては“いいね、リツイート”ですね。
人が集まるということは、いろんな価値観が集まるということ。
みんながみんな同じ気持ちで集まってきたとは限らなくて、中にはチクッとした声ももしかしたらどこかにはあるかもしれない。
でも、たとえば100の中にもしかしたらあるかもしれない1の皮肉の可能性に怯えたり、予防線を張ったりする必要だって別にないのです。
だって、あるかもしれないということは、本当はないかもしれないじゃないですか。
あるかないかなんて、実際に言ってみなければわからない。
言われる前から言われるものとして、自分を小さく見積もって息苦しくなるのは、後悔しませんか。
小さな自虐と謙遜と遠慮とを繰り返すうちに、小さな我慢が積もりに積もって、最初からなかったかもしれない1が100にすら感じてくるようになるんです。
もしもあなたがそうなってしまうかもしれないとすれば、私はとてもはがゆい。

仮にその1があったとしても、別にいいじゃないですか。
1が10でも50でも100でも、別にいいじゃないですか。
信念を曲げてまで、いるかもしれないけどいないかもしれないどこかの誰かに先んじてごめんなさいするのは、もういいじゃないですか。
自分の言葉に責任が持てるのならば。
あなたがあなたの気持ちに嘘をつかせないためならば。
言いたいことを言う。気持ちで繋がる。
本来そういう場所だった。そういう繋がりだった。ネットって。SNSって。
だから、自分自身にとって大事なときほど、どうか本音で。
あなたがあなた自身を低く小さく丸めて抑えつけてしまうよりも、お互いにそうしたほうが、みんなきっと、ずっと気持ちがいいはずだから。
私は、あなたの心からの言葉がききたいのです。

宴は終わらない

行こう、東京へ。
意を決して始発に飛び乗った。
齢8歳にして中央G1初挑戦。
待ち焦がれたその瞬間にどうしても立ち合いたい理由があった。
フェブラリーステークスは、昨年も登録はしたものの出走がかなわなかった夢のレースだった。
思い出されるのは9年前、佐藤哲三騎手を背に圧巻の逃げ切り勝ちを決めたエスポワールシチーのこと。
エスポくん”の後輩にあたる馬が同じ舞台を踏む喜びと昂揚を感じながら、いまはもういない寮馬たちに想いを馳せた。

メイショウウタゲには僚友ともいえる近しい存在がいた。
みやこステークスを好走するなどダート短距離路線で活躍し、入障後も勝ち上がりを期待されたメイショウヒコボシ。
3歳夏から障害一筋、歴戦のオープン馬として幾多の名馬たちとともにハードルを跳びつづけたメイショウアラワシ。
同じオーナー、同期で寮馬で看板馬。
厩舎を長らく盛り立ててきたメイショウの三騎はルックスも性格もそれぞれに個性派で、在厩のタイミングも似ており、切磋琢磨しあう同志、親友、ライバルのような関係を思わせた。
しかし昨年秋、新天地で着々と経験を積んでいたヒコボシが突然の抹消。
平成最後の年が明け、中山グランドジャンプ以来の復帰戦と予定していた牛若丸ジャンプステークスを目前にアラワシは天に召された。
いつも共にあった三本の矢は、あっという間にウタゲ一頭きりとなってしまった。
競走馬が走る背景に物語を描き、想いを背負わすのは柵の外の人間で、見たい夢の型枠にあてはめた幻想にすぎないのかもしれない。
それでも私は彼らの闘いの行く末を見届けたかった。

好きな馬を待ち、見つめ、見送る。
パドックで過ごす時間に勝る幸せはないとさえ思う。
このときばかりは一頭と一人きりの世界に浸りきって、無心に目で追い、何度も何度もシャッターを切る。
概ねおとなしく周回し、ファーストコンタクトとなる北村宏司騎手に黙って鼻面を撫でさせる彼の様子に、8歳という年齢と流れた月日の重みを感じた。
激しすぎる気性を抱えながら、己との闘いの日々を乗り越えてここまでやってきた。
出走が決まれば待たされない偶数番を願い、ゲートに入れば出遅れないよう祈り、芝スタートならダートとの境目で物見をしたり飛び跳ねたりしないよう案じる。
発馬をクリアしたら、最後まで集中力を切らさぬよう馬込みに入れて走らせることが勝利の条件だ。
ポテンシャルは重賞級。
しかし人が気負っても、すべては気分屋の彼次第。
注文のつく馬が鞍上と折り合い、展開さえも向き、何もかもが噛み合うことは奇跡に近い。
それゆえに時折成し遂げられる魔法めいた激走にファンは未来の栄光を夢見ずにはいられなかった。
この日もいつものように願っていた。
彼の闘争心に火がつき、持てる力のすべてを発揮するという奇跡を。

憧れつづけたファンファーレが鳴り、ゲートが開く。
やや出遅れ気味に周りに馬を置いたところまではうまく事が運んだが、最後の直前で馬群がバラけて集中力を欠いてしまったか。
懸命に追うジョッキーの動きとは裏腹に栗毛の馬体はもがきながらズルズルと退いていく。
やがて大歓声のなか新たな若き王者が君臨し、それから2秒以上遅れてウタゲはゴール板を駆け抜けた。
夢は破れた。
やりきった。悔いはない。
それは私が思うことではないと戒めながらも、他にしっくりくる言葉は思い浮かばなかった。
研鑽を積んでチャンスを掴み、最善を尽くしたら、あとは祈り願うのみ。
彼らはすべてをクリアして勝負に挑み、無事にレースを終えて帰ってきた。
これ以上望むことは何もなかった。
G1に連れてきてくれてありがとう。
ここまで来る勇気をくれてありがとうと、何度も何度も心の中で語りかけた。

アラワシをうしなってから約ひと月のあいだ、私は競馬場へ足を運べなくなった。
心も体も芯から折れてしまい、淡々と流れていく競馬という日常の中の非日常に何も感じられなくなった。
大好きな馬がこの世からいなくなってしまったのに、何事もなかったかのようにただただ日々が過ぎていくのがつらかった。
そうしていつか暮らしにまぎれて忘れてしまうのが怖かった。
忘れるくらいなら思い出の中でずっと悲しんでいたかった。
忘れられなくて、そうすることを拒んで、苦しい執着から彼を手放してあげられなかったのだとようやく気づかされた。
何より、一番つらくて悔しくて悲しい思いをした、彼の傍にいる人たちの気持ちを何ひとつ思いやれていないことにも気づいた。
忘れることは、過去から赦されて生きるための力だ。
いつまでも悲しみを背負い嘆きつづけていては、いつまでたっても前へ進めなくなる。
悲しみばかりにとらわれていては、これからやってくる新たな喜びさえも見失ってしまう。
そうなる前に受け入れたくなった。
悲しむことに疲れて、何もかもが嫌になって、心も体も競馬から離れてしまう前に。
ずっと彼と同じ気持ちで応援してきたウタゲが大舞台に挑むという、何ものにもかえがたい喜びと昂揚を。
私はまだ、これからも、好きな馬を応援できるのだから。

忘れてしまうのではない。
事実を受け止めて、喜びも悲しみも愛おしさも、ともに駆け抜けてきた月日もすべて、宝物のようにしまっておく。
ずっと覚えていられるように、いつでも思い出せるように、思い出のページには栞をつけて、傷んでしまわないよう丁寧に綴じておく。
そうやって毎日を生きていく。
好きとは、今とこれからを豊かに生きていくための力だ。
恐れずにまっすぐ想えば、愛ゆえにうちのめされても、いつかきっと愛によって救われるときが必ず来る。
そう教えてくれたのは、ほかならぬ好きな馬たちだった。

 

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書いて届けた気持ちのこと

好きな馬がこの世を去った。
悲しみの中からいまだ立ちあがれずにいるのは、想いを伝えてしまったからなのかもしれない。
想いを伝えるということは、相手の心の領域に踏み込むことなのかもしれないと。

彼に会える日が待ちどおしくて手紙を書いた。
想いは奇跡のように伝わり、想いとして返ってきた。
それから少し経って、彼はこの世を去った。
予定していたレースへの出走はかなわずに。
私は傍で彼を愛する人たちの心を踏み荒らしてしまったのかもしれない。
余計なもの思いを増やしてしまったのかもしれない。
いたずらに心を揺り動かすべきじゃなかったのかもしれない。
書かなければもっと後悔していた。
でもそれは私の勝手な想いでしかない。
あの気持ちは本当に伝えてもよかったんだろうかと、まだうなずけずにいる。

実際に馬に携わる人にはきっと悲しんでいる暇なんてない。
すぐにでも順番を待っている馬がやってきて、日々忙しく立ち働くことによって、“別れた彼ら”に報いている。
柵の外から見ているだけの自分の悲しみなんて、いかにもおこがましくて軽々しい。
今こそ彼らの応援に行くべきだとも、行きたいとも、行けたらとも思う。
でも、今は競馬がつらい。
愛して失うのがこわい。
知るたびに想いが深まって、今は競馬が怖くなっている。
愛で重たくなって、身動きがとれなくなって、ひとりで悩んで苦しんで、誰にも言えなくて。
こんな好きかたをする私はきっと“向いていない”。
けど縁あって出会って、好きになってしまったのだからとそのたびに覚悟を決める。
私は、競馬を通して誰かを愛したい。
出会った馬を好いて、愛でて、傍にいる人を信じて、尊敬したい。
こんなにも幸せだったのは自分自身の気持ちに嘘をつかなかったからだ。
そうして何度も何度もつらい別れや喪失を乗り越えてきた。
愛がなければ意味がない。
それを自分で分かっている私は、必ずもう一度立ち直って立ちあがる。
今はもう少しだけ、大好きだった彼のことを想いながら、心の整理をする時間が必要なだけで。

会いたかった。
顔や体を撫でたかった。
そんなことは決してかなわない遠い世界の憧れの彼だから、ただ柵の外からエールを送れるだけでよかった。
それもかなわなくなって、新しいカメラでかっこよく撮ってあげたかったなぁと、三年間撮りつづけた拙い写真を何度も何度も見返しながら想っている。
今年は彼の行くところに全部ついていくと決めていた。
たびたびだと気持ちの負担になりそうだから、次にお便りするのは彼が勝ったときか引退が決まったときにしようと決めていた。
そして今、ペンをとる手が迷っている。
新たに贈ることのできる彼の写真はもうないし、今度こそ私の勝手な想いでしかなくなる。
それでも、今だからこそ、伝えたい想いがある。

彼はもういない。
しかし馬柱の中に、写真の中に、記事の中に、手紙の中に、まるで生きているかのように存在している。
ふとそれらに触れた人もまた、思い出の中から彼を見出すことができるだろう。
書いて残すことの意味と意義は、そこにこそあるんじゃないか。
なら、想いを伝えることだって。

彼を、あなたがたを応援していますといいながら、励まされていたのはいつも私のほうだった。
ペンをとったら、偽らずにそう伝えようと思う。

さようなら。ありがとう。メイショウアラワシ

ちょうど三年前の、牛若丸ジャンプステークスの日のことだった。
はじめて思い入れを抱いた障害馬との別れに悔いを残してしまった私は、長らく障害レースにもおそるおそる近づいたり離れたりを繰り返していたように思う。
やがて充分すぎる時間が恐れと悲しみを和らげてくれ、これからはその彼にゆかりのある馬と人を応援していこうと決意を新たにパドックに立ったのだった。
縁につぐ縁にもたらされた、幸せな年月のはじまりだった。

彼の厩舎の後輩にあたる馬は、とてもかわいかった。
大きく穴の開いた障害用メンコからのぞくつぶらな瞳。
右に寄った細い流星。
三本の脚にそれぞれ長さの違った白いソックス。
冬毛を生やしながらも毛並みはつややかで、たてがみも綺麗に揃えられ、大事にされていることが一目でわかった。
美形といわれるタイプではない。とりたてて愛らしいルックスでもない。
しかしその栗毛の彼は、かわいかった。
なにより力強く勇敢だった。
まるで欠けたものを慈しむような、アンバランスな不完全さに惹かれるような。
元気のよい二枚目半の彼が広く長くいびつなターフを懸命に跳んで駆ける姿に、私の心はあっという間に鷲掴みにされた。

彼との長い旅がはじまった。
原則的にローカルに番組が集約される障害レースの特性上すべての現場に足を運ぶことは難しかったが、できる限り現地へとおもむき、その勇姿を見守った。
京都のオープン戦を勝ち上がり、ついには最高峰のJ・G1への出走を果たす。
のちに絶対王者と讃えられるオジュウチョウサンの3着に食い込み勢いづいた彼は、幾多の強敵との激戦に身を投じていく。
一年を通してコンスタントに躍動していた5歳、6歳時がピークだったろう。
7歳にしてふたたび春の中山へと帰ってきてくれた時には、彼のみならず陣営の執念と尽力をも想い、涙を禁じ得なかった。
以降、どこかを使いたいという意図を感じながらも実戦へは行かずに慎重な調整が続けられていた。
帰厩を今か今かと待ちわびながら、帰ってきてからは時計を見比べて、ふたたび競馬場で会える日を指折り数えながら年の瀬を過ごした。
新年を迎え、彼は8歳になった。

そのときは、あまりに突然でひそやかにおとずれた。
予定していた牛若丸ジャンプステークスに登録はなかったが、翌週には中京でオープン戦が組まれている。
おそらくそこと両にらみだったのだろう。
そう思うことで不安を打ち消したい気持ちもあった。
目に飛び込んできたのは待ちわびた報せではなかった。
メイショウアラワシ号、1月20日付けで登録抹消。
もちろん仔細はわからない。
重賞タイトルを持たぬ彼の動向は、公式から発表されることもなければ、風のたよりにきくことさえも極めて難しい。
先週17日を最後に時計を出しておらず、厩舎の管理馬一覧から彼の名前が消え、抹消馬として検索結果にあがってきたのを見て、ようやくすべてを悟ったのだった。

彼も、彼に携わるひとたちも、私もやりきった。それぞれの一生懸命を。
いいときも、うまくいかなかったときも、晴れの日も、雨の日も。
競走馬との数年は、歴史そのものだ。
輝ける今を永遠であれと願い、一瞬の奇跡のようにかみしめながら、いつかくるさよならを少しずつ少しずつ近くに感じながら、きょうの日を迎える心構えをしてきた。
競走馬を応援するのに覚悟は不可欠だ。
だから悔いは残さなかった。
それなのに。

彼とはもう二度と会えない。 
二年越しの挑戦に涙したあの中山グランドジャンプが今生の別れとなってしまった。
私は彼のその後を知ることも見ることもかなわない立場にいる。
競馬ファンとはそうしたものだ。
私はもう、彼のために何もできなくなってしまった。
胸を踊らせながら遠くの競馬場へ出向くことも、パドックで無心にシャッターを切ることも、彼の足音や息づかいを間近に感じながら無言のエールを送ることも。
せめてこの先、祈り願うことだけは赦されるだろうか。
競走馬としての役目を終えた彼の今とこれからが、平穏で安らかなものであることを。
彼のために、彼の傍にいたひとたちのために、自分自身のために。
もう届かない場所から祈り願うことしかできなくなってしまった、愛するものたちを想い続けるために。

私が覚えている。
たとえ日々降り積もっていく競馬史の膨大な記憶と記録の中に埋もれてしまっても。
メイショウアラワシという競走馬がいたことを、私は覚えている。
3歳の夏から明け8歳まで、実に5年ものあいだハードル界で戦い続けた勇敢な障害馬のことを。
彼より強い馬も、脚の速い馬も、飛越のうまい馬もこの世界にはたくさんいるだろう。
しかし彼は私にとって、この世で一番かわいい馬だった。
言葉では語り尽くせない。理論や理屈でもない。私の歴史だ。
競走馬とは誰もがみな名馬で、みんな誰かの愛してやまぬ存在なのだと思う。
彼と出会い、彼を愛したことは私の競馬人生における必然であり、縁につぐ縁にもたらされた幸福だった。

さようなら、ありがとう、アラワシ。
あなたとともに駆け抜けたこの三年は、とてもとても幸せな時間だった。

 

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柵は越えないままで

何も知らずに柵の外から競馬を見ている私は、無知で無邪気で無力だ。
この世界に魅せられるほどに、まだ自分が何も知らないことを思い知らされる。

この空洞を埋めるためには、自ら柵の内側に入るしかないのではないかと何度も何度も考えた。
思いつめたこともあった。
知らないこととは、経験と実感だ。
いまここで自分がどうあがいても得られないものたち。
でも、今さら人生は変えられない。
それが可能なタイムリミットを私はもう通りすぎてしまった。
限界を突き破るための向こう見ずさも、情熱を燃やせるだけの力も、覚悟も、おそらくいまは足りない。

ほんのときどき、いっそのことぜんぶ手離してしまったほうが楽なのではないか、とも考える。
もう、競馬、私の手には負えないんじゃないか、と。
好きになればなるほどに。
でもきっと、柵の向こう側にいる人たちも今さら人生を変えられないのは同じことだと思い直す。
それぞれの立ち位置で自らの道を歩みつづけるしかないのだと。
私は目の前の柵を越えることはできない。
越えないことを選んだ。
知らない、得られないもどかしさを永遠に抱えながら、くもりのない気持ちで見つめつづけるしかないと。

持てる理解と感情こそが自分にとっての実体なのだろう。
そのかたちや大きさには個人差がある。
だから目をそらさない。
知ろうとする、解ろうとする、想い描く。
見ることとは、知ろうとすること、寄り添おうとすることだ。
そうして十数年やってきた。

見ていたい、想っていたい。
好きでいたい、憧れていたい。
逃げたくない、諦めたくない。
柵の向こう側のあの世界を。その中にいる馬や人たちを。
あふれた想いは声に言葉にすればいい。
そのままの立ち位置で。柵は越えないままで。

カメラを持って競馬場へ。自分を幸せにするために

心境の変化があった。

私の写真は面白みがない。
こなれてくるほどに思い知らされる。
性格どおり四角四面で、カメラを構えると目に見えているものをきっちり捉えねばならない焦りで頭がいっぱいになる。
その馬や人を好きなひとが撮る写真は、愛にあふれていて素敵だ。
いい写真を撮るひとはもっと自由で、柔軟で、勤勉だ。
おそらくそんな感性は持ち合わせていないから、四角四面なりに、せめて綺麗に撮りたくなった。
馬の瞳の輝きや美しい毛並み、かわいらしい耳につむじ。
彼らを見つめるひとの表情。それだけでいいのだ。
もうちょっとだけ機材の力を借りたいと素直に思った。
もともと未熟なんだからそれくらいいいんじゃないか、とようやく思えたのだ。
決意が固まってからは本当に早かった。
鞄につめ込んだデジタルカメラ一式の厚さと重さに、身の引き締まる思いがした。

朝日杯フューチュリティステークスの日が初動となった。
無敗で大舞台に挑むニホンピロヘンソン陣営の様子を撮った。
届かない標準レンズで必死に、遠目からかろうじてそれとわかる姿をとらえるのがやっとだった。
翌週の中山大障害には買い足した望遠レンズを持って行った。
小雨のなかピント合わせに悪戦苦闘しながら、アップトゥデイトの顔をひたすら撮った。
どちらも出来映えは散々なもので、「ああこれから一生勉強だなぁ、これ買っちゃったんだから。持てばいい、撮ればいいってもんじゃないなぁ」と苦笑いするしかなかった。
大変なりに、うまくいかないなりに、とても楽しめたことが自分でも意外だった。
よりいいものを手にした覚悟で、手段としてだけではない、写真撮影そのものと真摯に向き合えたのかもしれない。
まだほんの入り口に立ったばかりだったとしても。

写真も応援幕も競馬場へ通うことも、私が今していることはすべて自己満足だ。
自己満足とは、自分を幸せにする力。
そのために何ができて、何をしたいのか。
自分に自信がなくて、人の目が気になって、卑屈になって、そうすることを長らく赦せずにいた。
新しいカメラを構えたことでひとつ自らを解放できたのかもしれない。
好きなことしてもいいんだよ、楽しんでもいいんだよと。
でもそのために他人を傷つけたり迷惑をかけたりしてはいけないし、自分自身を追いつめてもいけない。
してあげる、しなきゃならないは自他のためならず。
できるとやりたいとできないの間で、時には悩んだり、諦めたり、ちょっと背伸びをしてみたり。
きっと誰もがそうして、好きなものと向き合っていく。

大好きな馬、敬愛するひと、心地のよい景色。
私の愛する競馬場。
歳をとって、足腰も弱くなって、気力も衰えて、あるいは暮らす環境や身のまわりの状況が変わったりして。
もう足しげく通えなくなったころには、生きることに追われて忘れてしまうのかもしれない。
記憶はやがて薄れる。
思い入れて、思い出して、思い込んで、すり減りながらその形を変えてゆく。
情熱だっていつかは落ち着く。
競馬へのあら熱が自然にとれて、今は穏やかな情と縁とで繋がっている。
もしもいつか忘れてしまっても。
想い出したい。
自分が愛し、青春と情熱をかけて追い求めた憧れの彼らに。
もう一度、何度でも、私は会いたい。
そのためにシャッターを切るのだ。

 

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