うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

ショートカットで生きていく

きょう、いままででいちばん髪を短く切りそろえてきた。
わたしはショートカットが好きだ。
いったん短くしてからというもの、ボブだったりワンレンだったりの期間をはさみつつも、ずっと短くしつづけている。
楽だし快適だし。
なにより、“まだマシに見られる”気がしていたから。

子どものころは長い髪が好きだった。
母がポニーテールやおさげに結ってくれるのが嬉しかった。
お姫さまやお嬢さまになったみたいで、誇らしくて幸せだった。
やがて大きくなって、自分で髪を手入れするようになってから。
わたしはお姫さまでもお嬢さまでもないんだと自覚してから。
世の中と身の丈を知ってから、いつしか無難なひっつめ髪になった。
自分で自分の髪をもてあましていた。
自分の髪が重たくなって、それならもういらないとバッサリ切り捨てたのがすべてのはじまり。

髪を短くするのは、かわいさや美しさ、女をあきらめるための自傷なのかもしれなかった。
あるいはボーイッシュとかマニッシュとか、そういう中性的なほうへ逃げるため。
異性から、同性から、世間から、普通という概念からジャッジされること、きれいかわいい女の子ランキングの土俵から降りるため。
若かったわたしがなぜそう感じたのかはよくわからない。
べつに不自由でも不幸でも比べられてるわけでもなかったのに。
ただ、髪を短く切り落とすと何かから解放される気持ちになれた。
自由を感じて、スッと胸がすくのだ。

若いころはつらさから逃れるためにひたすら髪を切って捨てていたように思う。
自分自身のコンプレックスから逃れるために。
自分の髪をどう扱っていいのかわからない戸惑いを捨てるために。
でも、昔はあんなにも長い髪が好きだったから。
本当はロングヘアに戻りたいんじゃないのかな。
もっと似合う髪型があるんじゃないのかな。
あのころよりかは大人になって、心の声をきいてみたらやっぱりショートカットが好きなんだけど、プロの声もきいてみましょうとお気に入りの美容院の戸を叩いた。

まごうことなきベリーショートだ。
襟足ギリギリ、耳も全部出して、前髪は眉よりもっと上。
なんだかまた強くなった、顔の印象が。
いままでずっと髪を切り落とすことで女らしさから逃げていたのに、髪を整えることでそれを得たようなおもむきすらある。
同じようでいて、似て非なること。
要は自信と納得なのかもしれない。あのころには得られなかったものたち。

したいからする。
自分で選んで、それを気に入る。
自分らしく装う。
わたしは、ショートカットが好きだ。