うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

美容院って、病院だ

わたしは美容院が苦手だ。ものすごく苦手だった。
自分がなりたい漠然としたイメージとリアルな現実とを紐づける言葉を知らなさすぎて、なにも言えなくなってしまうから。
人と話すのもうまくできないし、そんな自分が情けないし、相手を気遣わせたり困らせてしまうのも申し訳ない。
「恥ずかし恐怖症」と密かに名付けている。
しかし「魔法使いじゃあるまいし」とはよく言ったもので、なんとなくをぼんやり言ってみたところで、それを具体的にかたちとして伝えなきゃ相手に希望は伝わらないのだ。
結局なんとなくぼんやりでおまかせして、うまく言えなかったなあ、曖昧な状態で切らせてしまったなあ、悩ませてしまったのなら次は行きづらいなあ、などとモヤモヤしてしまう。
我ながらよくないお客さんだ。卑屈のかたまりじゃないか。
恥ずかしいことなんてなんにもないんだから堂々としてりゃいいのに。
でもそれができてたら美容院は好きな場所になってるはずで。
そもそもどうなりたいか、なにが似合うかもわかっていないんだから、伝える言葉があるわけがない。
なんなんだ、わたし。
自信がないんだ。

そんなわたしも不定期にイメチェンをしたくなる。
無性に、いてもたってもいられなくなるくらい衝動的に。
わたしは長いあいだずっとベリーショートだ。
いきづまったときにバッサリいって、一瞬スッキリして、また切りたくなって、どんどんエスカレートしていって。
後ろ向きな気持ちを抱えながら髪を短く切るのって、自傷に近い行為なのかも知れない。
「人生いろいろ」にもそんな歌詞がちらっとあったっけ。昔に聴いたときは意味がわからなかったなあ。あれはこういうことだったのか。
ここ最近は歳なのか今までのツケを払ってるのか、未曾有の無気力とともに暮らしているわたしは暮らしそのものにも疲れて、また髪を切りたくなった。
前に切ってからひと月ちょっとしか経っていない。けど髪が耳を半分くらい隠していた。
伸びてきた前髪がまぶたをくすぐるのが気になって、そわそわしていた。
むしゃくしゃするというか、やけになるというか、あるいは乱暴な気持ちになって「もういっそツルツルにしたい、でもさすがにそれは無理だからせめてサルになりたい」なんて考えながらホットペッパーで近所の美容院をかたっぱしから物色していた。
今でさえかなり短いんだから、もっともっとめちゃくちゃに短くするしかない。そう思い込んでいた。思いつめていた。

わたしは丸坊主にも猿にもならなかった。
それもこれもきょう出会った美容師さんのおかげ。
とにかく波長が合った。ていねいに合わせてくれたから。
そのひとには気になることをどんどん訊けたし、自分の髪のことや、なりたいイメージとリアルな現実のことも話せた。
丸坊主と猿の話はしなかった。しなくても自然と伝えられたし、気持ちは伝わっていただろう。
髪を短くすればするほどケアとセットが必要になること。
ある程度長さを残したほうが扱いやすいこと。
髪質をいかした女性らしいスタイルで、そちらのほうがお似合いになりますよとの提案がすべてをあらわしていた。
だいたい「とにかく短くしたい、軽くしたい」と言ったら「短くしますね、梳きますね(要約)」でこちらの拙い要望どおりに終わっていたから、なんにも変わらなかっただけ。
それはわたしの言葉と知識の問題であり、自信のなさからくる卑屈が相手に心を開けず信頼関係を築けなかった原因であり…

 

あたらしいわたしは、マッシュショートの女になった。
耳出しは変わらずにトップの長さを残した。
ちょっとだけ襟足をかりあげた。これが初体験でイメチェン。
「ぜんぶ短くしなきゃ切る意味がない!」なんてのは極論もいいところで、「ベリーショートでも、こんなにもていねいで優しいイメチェンができるんだ!」と仕上がりと心尽くしに感動しきりだった。
あまりにも感動したので自撮りを残した。備忘録として。
自分自身の生きづらさに勝手に追いつめられて、まるで自分を傷つけるように髪を切りつめずにすんだのだから。
しかも、とてもいいかんじに、なりたいわたしになれた。
この事実を書き留めないでどうしよう。
あと、とにかく褒められた。髪質とか頭のかたちとか。
ふつうに暮らしていてこんなに褒められることはそうそうない。
せっかくだから真に受けておこう。なんだかありがとうございます。
そういえば歯医者さんでも歯並びと歯磨きを褒められたなあ。
わたしは歳の割に健康なのが取り柄なんだ。
ふと思ったんだけど、美容師さんってお医者さんとちょっと似てるかもなあ。美容院と病院もなんとなく似てるしなあ。
美容院えらびは主治医さがしみたいなものなのかもしれない。
余談。白髪はまだ生えてきていないみたい。親を見るに、たぶん生涯を通してもそんなに白くはならないっぽい。やったぜ。

美容院をあとにして、マクドナルドで新作のパイを食べて、買い物をして帰った。
髪を切って帰ったら、すぐお風呂に入ることにしている。
明るいうちから全身を洗って、湯船に浸かって、体の手入れを終えたら、じわじわと腹の底からあたたまって気力がわいてくるのを感じた。
毎日キメキメにはできないけど、日焼け止め下地を塗って眉を描いてチークを入れて、気が向いたときは髪にバームを練り込んでもいいかなと自然に思えた。
実のところ、暮らしのなにもかもがしんどくて、生きて働いて暮らしてるのだから「最低限で大目にみてくれ」と装うことを放棄していた。
美しくありたいという意識もどっかへすっとんでいってて、メイクはおろか日焼け止めすら億劫で塗る気になれなかったのに。
装ったから気力が戻ったのか、気力が戻ったから装いたくなったのか。
卵か鶏どっちが先か。どっちでもあるんだろう。
たぶんそれって、自分を大事にすることだ。
またあの美容院へ行くのが楽しみになった。