うまいこといえない。

うまいこといえない人がつたないなりに誰かになにかを伝えるための場所。

初春に金色の華ひらく

鮮やかだった。
新春の冴えざえとした冷気を切り裂く、目も覚めるような末脚。
遅咲きのディープインパクト産駒が最後の直線で力強く抜け出した。
サウンドキアラ、京都金杯を制す。
夢にまで見た瞬間だった。

あの幼かった女の子がついここまでたどりついた。
馬群から抜け出すと遊んでいたあの子が、最後までジョッキーに応えて力走した。
あの日出会った2歳の天才少女が大人になった。
生来の負けん気の強さとあどけなさを残しながら。
そのことが何よりも嬉しかった。
柵の外からただ見ているだけなのに、まるで長いあいだ苦楽をともにしてきたかのような感慨深さがそこにはあった。
誤解をおそれずに言うならば、たとえば、子をもったらこれと近い気持ちになるのかもしれない。
たくさんの祝福を受ける彼女を遠くから見つめながら、私は人目もはばからずに泣いた。
幸せとはきっと、こんなふうに自然と心の奥底からあふれてくるのだ。

一頭の競走馬を愛でる気持ち。
いとおしいと思い、無事を祈り、栄光を願う。
想いが強ければ強いほど他人には理解しがたい思い入れとなるだろう。
しかしこの想いは誰でも抱きうる。
そう思わせる出会いが競馬の中には隠されているのだ。宝探しのように。
人が人とどこかで出会い、何かをきっかけにして、愛と信頼をはぐくんでいくのと同じように。

新馬戦で受けた衝撃に、彼女は天才だからいつかは、と信じて疑わなかった。
阪神ジュベナイルフィリーズへの出走かなわず、クラシックへの道も閉ざされ、それでも蕾の花ひらく日を待ちつづけてきた。
そしてそのときはやってきた。思いもよらぬかたちで。
どんなに打ちのめされても、悔しさに眠れぬ夜を過ごしても、競馬と離れられなかったからこそ受けとることのできた最高のプレゼントだった。
厩舎陣営にとってもじつに約5年ぶりの美酒となった。
功をあせらず、馬と対話をし、辛抱と試行錯誤を重ねて掴みとった勝利だった。
母馬を知りつくしていたからこそできた仕事といえよう。
もちろん彼女は彼女、サウンドキアラだ。
しかしその背景を知るからこそ、彼女らが駆け抜けてきた軌跡はより尊さを増す。
母の名はサウンドバリアー
2010年フィリーズレビューを制した伏兵も、G1タイトルにはついに届かなかった。
その母の果たせなかった夢を追い、淀で輝いた孝行娘は二度目のヴィクトリアマイルを目指す。

 

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