彼が走ると知ったから、競馬場へ行こうと思えた。
古いつきあいの友だちに会いに行くように。
ベステンダンク、10歳春の挑戦。三度目のマイラーズカップ。
くしくも先日、オジュウチョウサンが11歳にして中山グランドジャンプを制したところ。
障害レースを経験した彼もまだやれると思えた。
勇気をもらったというやつだ。
力が衰える理由は年齢だけじゃない。
無事を願うけれど、勝負だからそれだけじゃない。
体が元気だから現役をつづける。充分すごいことだけど、これは競馬だから、参加じゃなくて参戦。
逃げたら戦える。逃げられたら…
彼は逃げた。絶妙なリードをとって逃げ粘った。
完璧な逃げだった。
ああ、ほんとうに逃げ切ってしまう。
競馬ってどきどき、こんなことがほんとうに起こるのだ。
奇跡じゃない。地力だ。実力だ。
ゴールは目の前。
もうちょっと、もうちょっと、もうちょっと!
祈っている数秒のうちに後続の馬がものすごい末脚で追い込んできた。
重賞制覇ならず。目前にまで迫っていた夢はやぶれた。
3着にも惜しくも及ばず。14番人気4着。
馬券は買う。でもお金だけじゃない。
ひとつでも上の着順を。でも数字だけじゃない。
すごいものを見た。震えが止まらなかった。気がついたら涙ぐんでいた。
わたしの古いつきあいの友だちはヒーローで歴戦の勇士。なんてかっこいいんだろう。
いつのまにか、夢よりも現実ばかりが目に耳に入るようになってしまった。
わたしが抱くのは愛で、いつしか情熱ではなくなっていた。
ままならない日常にのまれて競馬からは心も体も遠ざかってしまった。
もうだめだ、体が動かない。心が弾まない。
もう立ちあがれない、元気も勇気もわいてこない。
夢も生きがいも楽しいことも、なにもなくなってしまう。
そんなとき、いつも人馬ががんばってくれる。こういうレースを見せてくれる。
まるで奇跡のようなタイミングで、これはぜんぜん奇跡じゃないのだと言ってくれる。
そのたびに思いなおす。
わたしが応援してるんじゃない。わたしが応援されてるんだ。
だからわたしは、また競馬場で立っているんだと。
ベステンダンク、ありがとう。